中村社長のコラム 「保護者」から「親」へ … 子育ての評価とは?  PART22 ~「ICT」の発展には人々の「自立」が不可欠!?

日本中が沸いた野球の世界大会・ワールドベースボールクラシック。世界のスーパースターで構成されたアメリカと絶対的アウェーでの戦い。サッカー日本代表同様、弱者が強者に挑み見事「世界一」に!!

印象的だったのが、大谷選手のゲームセットのリアクション。投げた直後なのでキャッチャーの方を向いてガッツポーズ…がスタンダードな光景ですが、大谷選手は即座にベンチの方を向いてこれまで見たことのない表情、しかも帽子・グローブを投げ捨て全身でガッツポーズ。まさに「チーム」の勝利を感じた瞬間でした!NAPも厳しい社会情勢の中、チーム力の重要性と目標に挑む勇気を貰いました!

さて、不登校児だった次男が社会人となったことを節目に書き始めたコラム『保護者から親へ…子育ての評価とは?』。我が子の成長、そして何より私自身の子育ての『失敗』を振り返りながら、子育ての目標ともいえる「自立」を考えています。

今回は前々号の読者モニター様からのご意見であった「ICT教育」を題材にコラムのテーマである「自立」を考えてみたいと思います。

 

目次

「ICT」ってなに?

最近よく耳にする言葉ではありますが、そもそも「ICT」とは「Information and Communication Technology」「情報通信技術」と訳されるもの。

コンピューターが庶民のものとなり、インターネット環境の整備が進んだ頃「IT」=「情報技術」という言葉が生まれましたが、それに「Communication=通信」がプラスされた概念です。パソコン等の「IT機器」を単独で使うだけでなく、ネットワークを活用して情報や知識を他者と共有すること等、幅広い意味を持った言葉のようです。

現在ではコロナ禍により急速に広まった「リモート通信会議」に代表されるように、インターネットの通信容量・速度が5Gの時代に入ったことから、動画による通信が日常化され、すでにパソコンだけでなくスマホやタブレット等の携帯端末機器を使い情報収集・伝達・共有することは「常識」となっていますね。なので、「ICT」は教育分野として「必須」と言えるでしょう。

 

「ICT」の活用は目的ではない?

その「ICT教育」がどのように行われているか…私が聞いた限りでは、学校では電子黒板の導入や児童・生徒一人に一台タブレット端末が与えられ「ICT教育」というより「ICT」を活用した授業が実施されているようです。

何事もそうですが、いくら最先端の環境が整っていても使う目的が明確でないと意味をなしませんね。なので、教育の分野では「ICT」は手段であって、目的ではない…というポイントを押さえていればいいのではないかと思います。子どもに限らず人間誰しも目的が明確でそれに興味を持てば、教えなくとも活用するようになる…そして、その活用法も含め情報は「IⅭT」により手に入れることができる時代ですね。

以上のことから、教育という視点では「ICT」機器を自由に使える環境を整備することであり、更には子ども達が興味を持ち、やろうとしていることを制限しないこと、一緒に楽しむことが「ICT教育」ではないかと思います。

 

既に「ICT教育」は実施されている

こう考えていると頭に浮かぶのが「ゲーム」や「スマホ」。子ども達をよく見ていると、それに対する集中力・学習能力は目を見張るものがありますね!我が家の男子三兄弟も、教えてもいないのにそれらを使いこなし、ひいては関係する数値の計算力、情報収集のための攻略本やネットの活用方法から内容に対する読解力(英単語含む)等々、様々な能力・技術を自ら学習し身につけていました。その意味では、現代の保護者の皆さん自身がすでにその環境で育って来られ、殆どの家庭ですでに「ICT」の環境は整っているのではないでしょうか?なので、取り立てて意識しなくとも「ICT」に関係する機器やソフト、そして技術革新等の情報を、子ども達と共有し楽しむ考え方を持つことが第一歩ではないかと私は思います。

 

しかし、「ICT教育」と言いながら、一方で子ども達にはそれらの使用を制限することが呼びかけられ、取り組んでおられるご家庭は多い事と思います。

以前、水泳指導で小学校へ出向いた際に「泳ぎ方はYouTubeに沢山アップされてるから、動画を見て勉強してね!」と言うと、後から先生に「YouTubeは見てはいけないことになっているのですよ」と言われたことがあります(笑)。また、子どもが高校生の時、PTAでは「スマホを含むネットの使用をどう制限するか」という議論が盛んに行われていました。

 

「ICT」を制限することは不可能!

確かに「ICT」では、使用者を問わずありとあらゆる情報を得ることができますし、匿名で不特定多数に拡散できます。そのため「ネットいじめ」等、不幸な事件に発展した現実があるので制限しようとする事は理解できますが、実際に制限することは困難です。それは目に見えない電波を使った「通信」の世界であり、使用は「個人」が行うものだからです。

だからこそ、ここに「自立」の心が必要であると私は思います。

 

ICT教育の有効性は自立心による!?

私の考える「自立」とは

①自己責任を基本とする行動

②良好な人間関係を築く能力

この2点が基本的な行動スタイルとして身についていることです。しかし、これまでも申し上げてきた通り、社会へ出る段階でのことであり、育つ過程の子どもに求めることは無理がありますね。ですから、子どもを取り巻く人々(保護者・指導者等)が「自立」の心をもって関わっているかではないかと思います。

「ICT教育」として様々な機器の使用を指導し、情報を提供する訳ですから、それによる問題の責任をすべて引き受ける「覚悟」を持つこと、そして子どもを取り巻く人々が良好な人間関係を築いているか、ひいては子ども達と良好な関係であるかではないかと思います。

なぜなら、活用するのは「ひと」ですし、どこまで行っても「ひと」は「アナログ」ですから。

私が育った昭和の時代では「読み・書き・そろばん」と言われていましたが、すでに「そろばん」はパソコンになり今では携帯端末ですね。通信が6G・7Gと発展しそれに「AI」がプラスされれば「読み」も「書き」も必要なくなるのでしょうか?

でも「ひと」は「ひと」ですよね。NAPは「ひと」でいられる場所でありたいと思う今日この頃。厳しくとも頑張っていきます!

 

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次