中村社長のコラム ー「保護者」から「親」へ … 子育ての評価とは?PART5 ~ 不登校は成長のやり直し…その② ー  

心の成長のやり直し」…

前号では、次男の登校後の行動からみた不登校について感じた事をお伝えしましたが、それを皆さんにNAP通信のコラムとしてお伝えしようと思ったのも、我が家のもう一人の不登校児である長男の一連の行動があったからです。

今回は長男の不登校を振り返って、再度不登校と心の成長を考えてみたいと思います。

 

次男と同じく「原因不明!?」

長男の不登校は中学校2年の二学期から始まりました。長男は地元の小学校から某国立大学法人が運営する市内の中学校へ進学。当時その中学校では、通常の学校でいう2学期に「秋休み」と称して1週間の休校が実施されていたのですが、その期間が終わってもそのまま休み続けたという状況でした。長男の場合も、これと言って学校に問題があった訳ではなく、直接的な原因は未だ不明です。

その時次男は小学校6年。つまり、次男が登校し始めたと思ったら、入れ替わるように長男の不登校が始まったのです!通常であれば「次男の不登校が解消されたのに…何故だ!」などと思うものでしょうが、その時私の心にあった言葉は「やっぱり!」

…次男の不登校により事前に想定した通りだったのです。ですから、最初から真摯に向き合うことができました。次男のお蔭ですね(笑)。

 

昼夜逆転…引きこもりの日々

長男も次男と同様、外出も殆どせず家の中で過ごしていましたが、次男との違いは昼夜逆転の生活リズム。まさに「引きこもり」でした。

そんな生活が約1年続きましたが、3年生の2学期に入り登校し始めその後卒業式まで一日も休まなかったのです。これについても次男と同様、特に明確な切っ掛けがあった訳ではないので、友達との関係ではないかと今では思っています。

 

次男と同じ現象・・・友達との関係が深まり登校へ

次男の場合は学級活動でしたが、長男は、2学期に入り部活や同じ出身小学校の友達に誘われ「合唱団」に参加したことでした。長男は音楽については幼児期の音楽教室から始まり個人レッスンへと結構本格的に習っていました。中学校でも水泳は辞めたものの(涙)音楽は続けていました。その関係もあり友達に誘われたようですが、続けていたのはピアノで、歌など全く習っていませんし、ましてや合唱など小学校の時から興味も示していませんでした。なのに合唱団に入団したのは「できる・できない」と言うことより友達との関係を優先したこと以外に考えられないのです。

 

不登校は解消したものの受験が!

こうして不登校が始まって約1年余りで元の生活に戻ったのですが「めでたしめでたし!?」とはいきませんでした。なぜなら、その時長男は中学校3年…つまり高校受験が控えていたのです。しかも登校し始めたのが2学期。志望校を決定しなければならない段階で、やっと登校しはじめたのですから、どう考えても間に合いません。

しかし、あれこれ言っても進路は決定しなければならないので、話し合ったところ「Y高校へ行きたい!」と言うのです。まぁ、私の出身高校でもありますから、親としては嬉しい限りではありましたが、当然の事ながら、入試で点を取らなければならないのです…。

 

ちょうど2学期の期末試験の後でしたから成績を聞いてみると、想定される合格ラインには遥かに及ばない点数でした。それもそのはず、もともと授業以外での勉強など全くしない子でしたし、約1年その授業すらも受けていないのですから当然ですね。なので、その旨を数値も含めて説明し他校に変更するよう説得したのですが「いいや!Y高校に行きたい!」と何度言っても言い張るのです。まぁ、受験するのは自由ですし、本人がそこまで言い張るのであればやり方次第で可能性は0%ではないと思う部分もあったので長男の意思を尊重することにしました。

 

全く勉強せずに受験に・・・受験当日は遠足気分?

そこまで言い張ったのですから受験に向けて一心不乱に勉強する…と思いきや、その後全く何もしようとしないのです。塾に行くかと問いかけても拒否。受験勉強と呼ばれるものは一切していません。勉強したと言えるのは、事前に受けた私立高校2校の試験問題を家に帰ってもう一度「見ていた」くらいですね(笑)

こんな調子ですから、本番ではできるはずはありません。しかし、本人としては「失敗した」という感覚は全くないようでした。大抵の場合、受験日数日前から子も親も緊張の毎日で、受験日当日はそのピーク。最近ではその緊張を解きほぐそうと会場へは保護者が送迎し、終わってできた実感があればいいものの、自信がなければ大きなショックを受けることがあるようです。実際に受験後「子どもができなかったと落ち込んでる。どうしたらいい?」と妻にママ友から電話があったと聞いています。

こんな話が舞い込むなか、我が家初の受験生はそんな素振りなど全くなく、受験当日もY高校までは結構な距離があるにも拘らず友達と自転車で行くと言って親の送迎を拒否。出かけるときの様子を妻に聞くと「弁当をもってウキウキして出かけたよ」とのことでした。緊張感など全くなく遠足気分で出かけたようです(笑)。

帰ってからも「全然できなかった」といいながらも落ち込むことなど全くなく、進路をどうするか問いかけたところ「合格発表を見て決める」と答えたのです。これには思わず「合格するとでも思うのか!バカ!」と言ってしまったことを記憶していますが、親にこんなことを言われても長男は笑っていたことを思い出します。

発表当日も「友達と見に行く」と言って出かけ、当然の結果であったにもかかわらず落ち込むどころか、長男と同じ結果だった友達と某私立高校へ行くと嬉しそうに語っていました。

 

次男と同様、児童期初期の行動

この受験に係わる一連の行動・言動を振り返ると、長男は「受験」が何たるかが全く理解できていないとしか言いようがないのです。ですから、登校するようになった当時の長男の心は次男同様小学校低学年の心だと考えると納得できるのです。言い換えるなら児童期初期の心であり、社会的評価が理解できる児童期後期には達していないのです。

それは、受験に対して親の説得にもかかわらず、全くと言っていいほど合格の見込みのない高校への受験を主張し続けたこと。またそれに対して全く対策を行わず、不合格にもかかわらず全く落ち込まない事等々、これらを考えると社会的評価が気になる段階に達していないからこその行動であり、合格の見込みがない高校受験を主張し続けたことは、児童期前期の周囲に主導的にかかわる心の段階だと考えると理解できるのです。

 

 

親の保護・干渉から自立への現象?

以上、次男の場合同様、長男も心の成長をやり直したと私は考えています。いや、そう考えるとすべてに理解と納得ができるのです。

生まれてからの自然と獲得する心の成長を、私(親)を中心とした周囲の働きかけ(子育て・教育等)の何らかの問題で十分に獲得できないまま成長してきたため、その段階の心を取り戻そうとする行動が不登校(引きこもり)として表れたのではないかと私は考えています。これは、子どもが自ら成長するため本来の「心の段階」を獲得し直そうとする行動であり、親の「保護下からの自立」、そして親や周囲の「干渉から離脱」しようとする行動ではないでしょうか?それはまた、自分の人生を自分の足で歩こうとする行動に思えてならないのです…。だからこそ、親としては肯定的に受け止め成長を支援するしかないという考えに至るのです。

なぜ、そのように思うのか…次回はその後の長男・次男の行動を題材にお伝えしたいと思います。

 


中村 光宏(なかむら みつひろ)

(株)ナカムラ 代表取締役

スポーツクラブNAP・小郡屋内プール代表

昭和37年生。山口高・福岡大体育学部卒。

平成6年に家業であるNAPを継ぐ。

3人の男の子の父親で、平川小の元PTA会長。最近の趣味はダイエット??

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