中村社長のコラム ー「保護者」から「親」へ … 子育ての評価とは?PART5 ~ 不登校は成長のやり直し…その① ー

「何をしていようが俺の子だ!」

こんな考え方で不登校の我子と接していたことを前号ではお伝えしましたが、今回は、その後の現象(行動)、特に登校するようになる段階の次男の行動から心の成長を考えてみたいと思います。

まず、不登校の期間は実質小学4年の3月から6年の7月までの約1年5ヵ月。現実的には不登校と言っても、週休4日~7日の状況で、親としては前号で申し上げた考え方で「行く・行かない」の最終決断は次男に委ねていたこともあり、苦悩することもなく毎日を過ごしていました。あえて大変だったと言うなら、毎朝登校するかどうかの確認と、登校しなかった日の昼食の世話でしょうか?まぁ、大変だったのは妻ですが…m(_ _)m

こんな状況でしたが、6年の2学期から毎日登校するようになりました。何によって登校するようになったかは、当時は特に思い当たりませんでしたが、今振り返ると心の成長段階として重要なポイントがありました。それは「友達」との関係です。

 

友達の関係が深まり登校へ

6年に進級し修学旅行には何とか参加、その後から少しずつ登校する日が増えていったように記憶しているのですが、明確に言えるのは、1学期末に担任の先生から提案された、当時盛んに行われていた朝日放送主催「30人31脚山口大会」への出場でした。

クラス全員一致で出場が決まり、それに向けての夏休みの練習(毎週2~3回)に休まず出席したのです。しかも、始まって2週間経過した頃だったでしょうか、帰り道、自転車で転倒し腕を骨折! ケガをしているのですから休むように言っても聞かず、腕にギブスを巻いた状態で参加。不登校が始まった時の次男とは全く違っていました。そのままの流れで2学期から休まず登校するようになったのです。

実はその頃からクラスの友達と家を行き来しながら遊ぶ機会が多くなっていました。勿論、それまで友達がいなかったわけではありませんが、学校以外の時間に「一緒に遊ぶ」ということは全くと言っていいほどありませんでした。

 

中学校でも不登校・・・?

そうして卒業まで休まず通い、地元中学校へ入学。小学校と違い先生方の指導も厳しく、機敏な行動を要求される中学校には馴染めそうもありませんでした。(なにせスピードの遅い次男ですから)そしたら、想定通り!入学式の翌日いきなり登校しなかったのです。その時は、「やっぱり…」と思いながらも、とことん付き合うしかない…と、改めて覚悟を決めていました。

しかし、そんな私の想いと裏腹にその翌日、何事もなかったことのように登校したのです。この時の要因は、仲が良い友達数人と部活動に入ることだったようです。従って、親しい友達との関係を最優先に考え登校するという選択をしたのでしょう。

 

水泳をやめバレーボール部に入部

そして入部したのは「バレーボール部」。これもバレーをしている友達に同調したらしく、いつもの仲間数人で入部したようです。

バレー部に入部といっても、小学校の間はすべて水泳(NAPの選手育成クラス)に時間を費やしていましたので、次男にとってはバレーなどボールに触ったこともなければ見たことすらもないスポーツです。それに比べ水泳は小学校では山口県内同学年3番前後。そのまま続ければ数年後には全国大会を狙えるくらいのレベルにはいたのです。ですから、水泳を続けるよう説得したのですが、次男は聞く耳持たずという状況でした。私としては、無理矢理にでも水泳を続けさせるべき…という衝動が何度も突き上げてきましたが、最終決断は次男に委ねると決めた手前、その衝動を必死で抑えるしかありませんでした(笑)それと同時に、私がこれまで次男に対してしてきた事を考えると私の言う事を聞かないのも当たり前と思う部分もありました。まぁ、子どもは親の思う通りにはならない!ということを思い知らされた瞬間でもありましたね(涙)

こうして友達との関係が登校を続けた大きな要因となったようで、その後病気もせず卒業式まで皆勤賞。結局、中学3年間で休んだのは入学式の翌日の一日だけでした。

 

仲間意識が高まる児童期初期の心

次男の小学6年の夏休みから中学校にかけての一連の行動ですが、心の成長段階の視点で考えると小学校低学年の行動に当てはまるのです。

幼児期後期から児童期初期(4歳~10歳頃)では、子どもたちは急速に仲間意識が発達し、それまで以上に友達との関わりを求めたり、友達と遊ぶことに喜びを覚えたりするようになると言われています。そして、小学生(低学年)のころになると決まったメンバーで結束の強いグループを形成して「遊び」と称して集団で様々なことを実行していきます。「悪戯」もその一つで、徒党を組んで悪さをして歩く…「ギャングエイジ」などと呼ばれる世代です。NAPではこれを「群れ遊び」世代と呼んでいますが、結束の強いグループは家族以上に大きな影響を持つものであり、大人から干渉されない自分たちだけの集団であることを望んでいると言われています。

 

「できる・できない」が理解できない世代

また、この世代のもう一つの特徴として、生産性=「できる・できない」等の基準は「対人的評価」であり、「社会的評価」としての生産性(できる・できない、とはどう言う意味なのか)はまだ理解できないのです。例を上げるなら、ご家庭で保護者の方が、料理や日曜大工等していると「僕(私)もさせて!」と言ってくるケースがありますね。「無理だから!ダメ」などと止めても「できるから!」と、しつこく食い下がり、仕方なくやらせてみたら大変な事態に!…なんてご経験があるのではないかと思いますが、これは保護者の真似をしたくて主導的にかかわるこの時期独特の行動であり、心理的には「できる」と言うことがどのような事か理解できていないからこそとれる行動なのです。

 

心の段階は小学校低学年?…「退行」

そのような視点で次男の行動を考えると、社会的評価としての生産性が理解できるなら、やったこともないバレーボールよりは全国大会も夢ではない水泳が当然の選択です。しかも、私のDNAを顕著に受け継いでいる次男は身長も低く、中学校からバレーボールを始めたところで評価されるようなレベルには到底達しないことは明確です。それでもバレーボールを選択したのは、友達の真似と仲間内での評価と繋がりを優先させたと言えるのではないでしょうか?何より、社会的評価としての生産性が理解できていないからこその行動ですね。従って、この頃の次男は小学校低学年の心と捉えると納得いく行動なのです。

NAP通信76号で、不登校は退行(赤ちゃん返り)ではないか…と申し上げましたが、この現象、そしてその後の行動も含めて退行の一連の流れだと考えると納得ができるのです。従って、不登校(引きこもり)の現象は心の成長をやり直しではないでしょうか? ですから、それを否定せず「受容」の心で付き合うこと、これが親としての取るべき行動ではないかと今では考えています。

次回は長男のケースをお伝えし今一度考えてみたいと思います。長男の場合、中学2年から3年にかけての不登校ですので「高校受験」の問題がありました。そのような時期にこのような現象が絡むとどのようになるか…お楽しみに!

 

syatyou5中村 光宏(なかむら みつひろ)
(株)ナカムラ 代表取締役
スポーツクラブNAP・小郡屋内プール代表
昭和37年生。山口高・福岡大体育学部卒。
平成6年に家業であるNAPを継ぐ。
3人の男の子の父親で、平川小の元PTA会長。最近の趣味はダイエット??

『全国マスターズに初出場!現役の心が蘇って気合いが入りました!結果は50mFr.年齢区分95人中14位。まあまあかな? これからも頑張ります 応援よろしく!!

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