中村社長のコラム―「保護者」から「親」へ … 子育ての評価とは?  PART5 ~ 不登校は成長のやり直し…その④

不登校が解消された ・・・と言っても、その後に迎える環境の変化によって、子ども達は大きな心の危機を迎えます。その危機をどのように乗り越えていくか、また、乗り越えられずに退行するのか・・・前号では次男の例をお伝えしましたが、今回は中学校で不登校となった長男の登校後の行動と心の変化をお伝えしたいと思います。

 

14歳で不登校=引きこもり

高校受験では合格の見込みのない市内公立高校の受験を熱望。合格にはかなりの受験勉強が必要と説得したにもかかわらず、全く受験勉強をせず受験。当然の不合格だったものの、落ち込むどころか同じ結果であった数人の友達と某私立高校へ進学することを喜んでいた…というように、高校受験・進学が何たるかが理解できていない状態でした。
長男の不登校については、前々号(80号)でお伝えしておりますので、ここでは大まかな説明に留めますが、不登校は中学校2年生の二学期から始まり、その間は夜明けに寝て夕方起きるという昼夜逆転のまさに「ひきこもり」生活。そんな状況が約一年間続いた中学校3年の二学期に不登校は解消。しかし、喜んではいられませんでした。なぜなら、高校受験が待ち受けていたからです。

このような状態のまま市内某私立高校へ入学。高校へは中学校の時に仲の良かった友達と一緒に通うこと、そして、中学校からの延長で、その友達と部活動(合唱部)で歌を歌うことを楽しみに通っていたようです。しかし、毎日登校とはいきませんでした。

 

毎週一日の不登校!

長男が進学した中高一貫の市内某私立高校は、その年から、学校のシステムが大幅に変更され、週五日制から、週六日制となり、土曜日も授業が始まりました。そんなシステムの中、長男は入学当初から週五日制で登校。しかも休むのは毎週月曜日。一学期中その状態を続けたため、一学期末に学校から保護者の呼び出しをくらってしまいました(汗)。

 

2年生へ進級できない?

妻の命令で(!?)私が学校へ出向いたのですが、担任によると、このまま休み続けると、月曜日にしかない科目の単位が取得できずに2年生への進級ができないとのことで

「必ず出席させてください!」との担任の言葉に思わず、

「息子に説明はしますが…結果的に進級できなかったとしても致し方ありませんね。本人が決めることですから…」と答えたことを記憶しています。

中学校と違い退学の自由がある高校ですから、それ以上のことは言われませんでしたが、飽きれ顔をされたのは言うまでもありません(笑)。

家に帰り、長男に説明したところ、「ふぅ~ン」と言うだけで何も返答がなかったことを記憶しています。私も説明はしたものの「後は良く考えろよ」と言うに留め、登校するかどうかの明確な意志表示や約束を迫ることはしませんでした。

 

二学期から行動に変化が

学校に親が呼ばれるということがあったにも関わらず二学期に入っても週休二日を続けていた長男ですが、二学期も半ばを迎えたころから行動が変化し始めました。何を思ったのか…月曜日も毎週登校し始めたのです。

また、その頃から家で勉強するようになり、二学期の期末試験では、「勉強するから机を貸してくれ…」と言ってパソコンを設置した私のホームワーク用の机(部屋)を使い始めました。それまで、中学・高校それぞれの受験時も含め自宅で勉強するなどありえなかった長男からすると、この行動は大きな変化でした。更に、合唱部で全国大会に出場したいと、友達にも働きかけ、音楽の技能を持っている長男は中心となって活動していたようです。

以上、部活についても取り組み方が変化していました。これらの現象からみると、高校1年の二学期半ば頃から明らかに行動が変化したと言えます。

 

評価を楽しむ心の段階へ!

この現象を考えると時期は違うものの次男の時とほぼ同様です。次男の場合は入学式の翌日いきなり休んだもののその後毎日登校。1年の三学期頃から部活動でレギュラーになりたいと部活への取り組みが積極的になり、またその頃から勉学に対しても意識が変わり自ら勉強をするようになりました。

前号でも申し上げましたが、これは、児童期後期の心の成長段階であり、友達同士で様々な行動を行い、自分たちだけの世界で人間関係やルールを十分培うことができると、次の段階として外社会へ目を向けていくようになると言われています。ここでの外社会とは親を中心とする家庭そして、いつも行動を共にする友達以外の関係を言います。その外社会でのルールのもと、評価を受けながら行動することに関心が移っていくと言われています。

 

外社会での評価を前提に行動する

その理論に照らし合わせて考えると、長男は再登校から高校受験・そして高校1年の二学期の半ばまでは、友達との関係の中での評価を楽しんでいる段階であり、外社会での評価を理解する段階には達していなかったと考えられます。

それに対し、二学期半ば以降の行動の変化は外社会での評価を理解し始めた現象であり、評価というものがどのようなものであるか…例えば、成績順位は数値が少ない方が、部活であれば予選を勝ち抜き全国大会へ出場し、受賞することが、それぞれ自分がやってきたことに対する外社会での評価であり認められることであること、また、2年生に進級できないことが外社会でどのような意味をもつのか、等の認識を長男自身が理解し、長男自身の意志でそれを「認められたい」と思うようになったことの行動としての現れであり、これが「外社会での評価を楽しむ」ことに関心が移った…ということだと考えています。

 

行動の決定権を長男に委ねる理由

私としては、次男の例と心の発達段階の理論を重なり合わせ、このような状況になることを予め想定していたため、いたらぬ手出しをせず長男の行動を肯定的に受け止めていました。中学校の不登校時、そして高校の一学期末それぞれの保護者召喚の際に、先生に対して「本人が決めることです」と一貫して言い続けたことは、このような根拠があったからです。

しかし、次男と違い、長男は中学校から高校にかけてという進路に係わる段階での「やり直し」でしたから、その後の生き方に大きく影響することが考えられました。ですが私としては、遅れたとしても良いと考えていました。

 

豊かな時代を生き抜く心のために

それは、「人生百年」と言われ始めたように、これからまだまだ長い人生が待っていると同時に、生き方が多様化している時代背景から、たとえ一時期失敗したとしても心が強ければいくらでもやり直せる時代なのです。ですが、逆に心が弱く自分の足で歩くことができなければ、容赦なく切り捨てられ、すべて「自己責任」で片付けられる「厳しい時代」でもあるのです。それが、今日の「豊かな時代」であると私は捉えています。

そのような時代背景を考えていると、長男・次男の不登校からの一連の行動が、親の保護下から自立し外社会で自分の人生を生きようとする行動に思えてきたのです。そして、この視点に立つと、親であっても子どもの人生に手出しなどできない…の想いに至るのです。

このようなスタンスでいると、子ども達は次の心の段階に進み、完全に外社会を基準に行動するようになります。次号ではその様子をお伝えします。

 

中村 光宏(なかむら みつひろ)

(株)ナカムラ 代表取締役

スポーツクラブNAP・小郡屋内プール代表

昭和37年生。山口高・福岡大体育学部卒。

平成6年に家業であるNAPを継ぐ。

3人の男の子の父親で、平川小の元PTA会長。最近の趣味はダイエット??

 

 

「サッカー日本代表の久保裕也選手がNAPに来てくれました。なかなか「いいヤツ」でしたよ!!

日本のエースとなること間違いなし。次のカタールに向けてみんなで応援しましょう!」

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