中村社長のコラムー 「保護者」から「親」へ … 子育ての評価とは?PART5 ~ 不登校は成長のやり直し…その③ ー

我が子の不登校に・・・

付き合ってきた過程においての様々な気づきと学びを申し上げてきましたが、今号では登校するようになった後に迎えた環境の大きな変化に対する行動と心の成長を、次男の例をもとにお伝えしたいと思います。

 

小学校とは全く違う厳しい環境

次男は 小学校4年の三学期から不登校。そして、友達関係の深まりからか、6年の二学期から毎日登校するようになりましたが、私としては、不登校が完全に解消されたとは思っていませんでした。なぜなら、その数か月後に待ち受けている中学校への進学の問題があったからです。

当時の地元中学校は生徒数600名に迫るマンモス校。そのため指導も厳しく、迅速な行動を要求されることが多いため、思考や行動スピードの遅い次男が順応できるかどうか、また、テストや部活動等、常に評価が付きまとう中学校において、友達との関係だけでは乗り越えられないのではないかと考えていました。

 

入学式の翌日から不登校?

当時を振り返ると、そんな私の心配を他所に、入学式当日は楽しそうに出かけ、帰宅後も特に変化はみられませんでした。

ですが翌朝「今日は(学校へ)行かないと言ってるんだけど、どうしよう?」と妻が相談してきました。「やっぱり!」と思った私は、あえて理由を聞かず「思うようにさせておけ」と返答したことを記憶していますが、こうして次男は入学式の翌日、学校を休んだのです。

その日は、特に親しい友達から連絡があったわけでもなく、誰にも会わず一日一人で過ごしたようでした。

 

一日だけの不登校・・・

そんな次男に対して、親としては腹をくくって付き合うしかない…と覚悟を決めていると、その翌日は何事もなかったように登校し、その後も毎日登校。明確な理由は思い当たらないのですが、今考えるに現象としては部活動への入部ではないかと思います。

 

部活動への入部については79号でお伝えしていますので、ここでは割愛させていただきますが、全国大会への出場も夢ではない水泳を辞め、やったこともなければどんなものか全くと言っていいほど知らないバレーボール部への入部を選択した理由は、友達との関係を優先したとしか考えられないのです。まぁ、私への反発も無きにしも非ずでしょうが…。

その証拠に、入部したメンバ―は、小学校の時に仲が良かった友達ばかり。また、家では授業やクラスのことよりも、部活の話が多く友達が持っているからと言って、トレーニングウエア等の用品も買ってほしいと訴えてくるようになりました。それらすべて友達との関係が基準でした。毎日部活が楽しみで通っていたようです。

このような状況で、入学式の翌日以外は一日も休まず登校。中学校への入学という大きな環境の変化も友達との関係で何とか乗り越えられたようでした。

 

「レギュラーになりたい!」次の心の成長段階

こんな状況で毎日登校した次男ですが、1年の三学期に入ったころから様子が変化し始めました。

まず「レギュラーになりたい」と言い始めたのです。レギュラーになるためには上級性も含め15名以上いる部員の中でベスト6名に入らなければならないため、友達と仲良くやっていただけではダメなのです。それが理解できているのでしょう、家に帰ってからもランニングをしたり、身長を伸ばすと言って毎日牛乳を飲むようになりました。それに向けて努力を始めたことは、ただ単に友達と行動を共にしたいからではないようでした。

また、その頃から勉強も自らするようになりました。特に三学期の期末試験の時は、毎日遅くまで試験勉強をして、試験後も結果の要因を振り返り、自分なりの評価と次への対策を妻に話していました。二学期までには見られなかった行動でした。

 

評価が気になる心の段階へ!

以上、この頃から明らかに心が変化していったと感じています。これを心の成長と言う視点で表現すると次の段階に進んだ《成長した》と言うことではないかと考えています。

児童期の心の成長段階として、友達同士で様々な行動を行い、自分たちだけの世界で人間関係やルールを十分培うことができると、次の段階として外社会へ目を向けていくようになると言われています。外社会とは親を中心とする家庭そして、いつも行動を共にする友達との世界以外の関係を言います。その外社会でのルールや評価を受けながら行動することに関心が移っていくと言われています。

 

外社会での評価を目標に行動する

その考え方からすると、上級生や新入部員を含めた部活動全体は次男にとって外社会だと言えます。そして「レギュラーになりたい」と言い始めたことは、その部員の中で技術や運動能力において、ベスト6名に入ることであり、レギュラーはその重要な評価なのです。その評価を得るためには、身体づくりを行わなければならないと考え、トレーニングや身体の成長のため栄養を取ることを自ら実行するようになったと考えられます。

また、試験についても中学校という外社会において、第一の評価であることを理解し、その評価を獲得したいという心が自ら勉強し、次の評価(試験)に向けて対策を考えるという行動となって表れているのだと考えられます。

 

10年間の心の成長を取り戻した?

実はこの心の変化は通常10歳頃から始まる心の変化と言われていますが、次男は13才になってやっとこの段階に達したようです。言い換えるなら、不登校が始まった小学校4年生から約3年をかけてそれまでの心の成長をやり直し、本来の歴年齢の心を取り戻したのではないでしょうか?

そして、それは親の手から離れ、自分の人生を自分の足で歩こうとする行動に思えるのです。言葉を変えるなら「自立」と言う、外社会で生きていくための心を獲得するために一歩ずつ階段を昇っているように思います。正しいかどうかはわかりませんが「次男には次男の人生がある」と言う視点に立つとそう思えてならないのです。

 

自分で決めて、自分で行動する

その後、2年生に進級し上級生の引退後の新チームからレギュラーを獲得。今度は試合で勝ちたいと、部活以外にも地域のバレーボールチームに自らお願いをして練習に参加。学校の成績については…まぁ、私の子ですから…それでも「中の上」くらいにはいたようです(笑)。それぞれ、結果としては大した成績ではありませんが、評価を得るために自ら考え行動したことは間違いありません。

更に高校受験では、早くから「学校は近い所で十分!」と親に何の相談もなく、家から校舎が見える某公立高校に決め、塾へは行かず、成績の良い友達と一緒に勉強することで受験勉強をしていたようです。それが良かったかどうかわかりませんが入試に合格。後で聞いた話ですが、入試ではランク上位の高校へも合格できた成績だったようです。

まさに自分で決めて自分で行動していったと言えるのです。勿論アドバイスを求めてくることもありましたが、最終的な判断はすべて次男自身が行っていましたし、私も妻も、一貫して最終判断は次男に委ねるスタンスを貫きました。なぜなら、当時の私達は「保護者」であって「教育者」ではないからです。そして、次男の心の成長を感じていると、次男の人生の主体は次男自身であることを認識せざるを得ないのです。

 

中村 光宏(なかむら みつひろ)

(株)ナカムラ 代表取締役

スポーツクラブNAP・小郡屋内プール代表

昭和37年生。山口高・福岡大体育学部卒。

平成6年に家業であるNAPを継ぐ。

3人の男の子の父親で、平川小の元PTA会長。最近の趣味はダイエット??

 

「個人的課題である“減量”。昨年冬の反省をもとに、今年はウエイトトレーニングも実施。しかし、夜の炭水化物が止められず、今年も見事にリバウンド!ダイエットは人生ですね。諦めずに頑張ります!」

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