中村社長のコラム‐「保護者」から「親」へ・・・子育ての評価とは?‐

早いもので・・・

大変私事ではありますが、この度、我が家初の社会人が誕生したことをご報告致します!大学生だった次男の就職という社会生活がスタートしました。

私にとって「保護者」から次男を社会へ送り出した「親」へと立場が変わる大きな節目となりました。ちなみに、長男は未だ「学生兼フリーター」ですので次男が初となります。今回は次男のこれまでを振り返りながら子育てについて考えてみたいと思います。

「手の掛らない子」だった幼少期

次男と言えば「我が家のムードメーカー」。そのキャッチフレーズ通り、幼少期から行動が独特で面白く、次男がいると何故か家庭の空気が和むのです。そんな、我が家の雰囲気づくりに大きく貢献してきた次男ですが、幼少時は、手のかからない子で、幼稚園は3年間皆勤賞。水泳もベビーから始めていたので、小学校1年生の夏に競泳の県大会にデビュー。いきなり本格的なスタート台が完備された50mプールで泳ぎ、その後県内では常に同年齢の3本の指には入っていました。

我が家の「不登校」第一号!?

こんな問題もなく成長していた次男でしたが、小学校4年生の3学期、突然学校へ行かなくなったのです。直接的な原因はなく、今思うにそれまでの私が「教育」という意識が強い「躾親」だったからではないかと思います。

当時、学校へ行かなくなった次男に対して、私は学校へ無理矢理連れて行くことはしませんでした。それは、ちょうどその頃「子育てヒントのお話会」でおなじみの樋口邦彦氏から「心理的発達段階」そして「引きこもり」について理論を学んでいたのですが、その考え方への私自身の納得が高まるにつれ、それまで次男に対して良かれと思ってしてきたことが、逆に心の成長を抑圧していたのではないかと思うようになったからです。

とは言え、私の育った時代は不登校など社会通念として許される事ではなかったため、その記憶から学校へ行かない次男に対し常に「違和感」は感じていました。また、多くの方から「そのままにしておいてはいけない」「今連れて行かないと後で大変なことになるよ!」等と半ば保護者としての姿勢を非難されることもありました。それでも次男の行動を肯定的に受け止められたのは、不登校という現象を子どもの問題ではなく、親の問題、つまり私自身の問題であると同時に、子ども自身が乗り越えて行かなければならないと考えていたからです。

syatyoucolamu

不登校(引きこもり)とは心の成長のやり直し

次男の不登校は、約1年半続きましたが、次男の行動は先に申し上げた心理的発達段階を背景に考えるとまさに「退行」つまり「赤ちゃん返り」でした。不登校が始まった小学校4年の時から中学校までの次男の行動は、乳児期から児童期後期までの発達段階を完全に「やり直した」という状況でした。詳しいことは文字数の関係で割愛させていただきますが、それぞれの段階において、階段を登るように一つ一つ超えていった感覚です。また一方で不登校が始まった小学校4年生、年齢でいうなら10歳とは、これも発達段階の理論に照らし合わせて考えると心が大きく変化すると言われている年齢なのです。

このような私自身の実体験から、発達段階論は注目すべき重要な考え方であると認識しています。それが、NAPのプログラム、特に子ども教室において発達段階の理論をベースにしていること、そしてプログラム説明会や、樋口氏による「子育てヒントのお話し会」を開催し、皆様に直接お聞きいただく活動を行っている理由です。

不登校後の次男の成長は?

その後の次男は、高校・大学と進路は自分で決めて希望通り進学。今回の就職も早くから数社エントリーし、自ら断った会社以外は内定をもらっていました。まぁ、それぞれ大したレベルではありませんが(失礼!)、進学塾等に頼ることもせず、まさに自力で歩んだといえます。大学在学中も学費や生活費の仕送りはしていたものの、それ以外はアルバイトで稼いだお金でやりくりしていたようで、親に小遣いをせびることもなく、興味を持ったバイク(大型自動二輪)も妻(母親)の猛烈な反対をものともせず!?自分で稼いだお金で手に入れていました。不登校だった時の次男からは想像がつかない行動です。

syatyoucolamu2

これで安心、子育てもまずまずの評価で無事終了となったのです・・・が、それは私の育った昭和の時代の話で、今の時代はそうはいかないのです!

就職してからが勝負の時代

私達、現代の親世代が育った昭和の時代(後期)は、インフレという経済情勢のなか高度成長を背景に年功序列・終身雇用・退職金制度・年金制度と社会システムが確立し一生が保障されていたため、その社会システムに乗ること、つまり「就職」することが人生最大の目的と言っても過言ではありませんでした。ですから子育ても子どもが就職することで完了と言えたのです。そして、「子育ての評価」とは如何にしてレベルの高い社会システム(高い所得が得られる仕事)に乗せるかが目標で、それに成功すれば子育ての評価も高かったのです。

しかし、経済情勢がデフレへと転換した現代では、その社会システムが殆ど崩壊し、今では一生の保障などあり得ないのです。そして、社会情勢が激しい勢いで変化し、常に「改革」を繰り返さなければ潰れてしまうことが「当たり前」の時代となりました。そのため、自ら考え行動できる人材が求められると同時に、生きていく上でもどんな逆境にも負けない「強さ」が必要な時代となりました。そのため、就職してもついて行けず早々に辞めたり、あるいは解雇されたり、そんな現象が特殊のケースではなくなった現代では、就職できたからと言って喜んではいられないのです。まさにこれからが勝負であり、そんな社会の中で子どもがどう生きて行くかによって子育ての評価も問われるのです。

また、「いじめ」が社会問題化して久しくなりますが、学校を中心に「いじめをなくそう」と一所懸命様々な取り組みを行っているものの、なくなる気配もない昨今ですが、それもそのはず一般社会というところほど陰湿ないじめが存在するところはないのです。そして厄介なことはそれを「いじめ」と呼ばずに「社会の厳しさ」等と呼び、騒いだところでどうにもならないことです。次から次へと押し寄せてくる苦難を自らの力で乗り越えて行かなければならない・・・それができなければ容赦なく切り捨てられる。それがこの豊かになった現代社会なのです。これは経営者、そして雇用主という私自身の社会的立場から痛切に感じていることです。

子育てとは親自身の生き方?

そんな、とんでもない「社会」という集団へ子どもは一人で飛び込んで行くのです。もう私の手の届く世界ではありませんし、手を出すものでもありません。なぜなら、今の私は次男の「保護者」ではないからです。また、不登校だった時、学校へ連れて行かなかったのは、この時が来ることを前提としていたからでもあります。

・・・と言うことで、現代の子育ての評価とは、親の「保護」から完全に離れた後の子どもの生き方に因ると同時に、親の背中を見て育った自分自身のことを考えると、結局のところ私自身がこれからどう生きていくかが問われている気がします。なので、子どものためにも私自身が必死で生きていかなければならないと思う今日この頃です。

最後に「後継ぎは?」と思われた方も多いでしょうね。う~ン(汗)有能な人材をぜひともご紹介ください!

よろしくお願いします!!

社長画像

中村光宏(なかむらみつひろ)
昭和37年生
去年から始めたダイエット。リバウンドを繰り返しながらもウエスト2サイズダウンに成功!でも肝心な体脂肪率は減らず「ダイエットは人生だ」と訳のわからない言い訳をしている!?

一覧に戻る