中村社長のコラム-続・泳げないと将来困るって本当??-

泳げないと将来困るって本当??

お客様からいただいた手紙から

泳げないと将来困ります!68年泳げなかった私の答えはそれです。

私は、終戦の年に小学校へ入学しました。戦後の食糧難の時代、食べるのが精いっぱいの毎日で、水泳どころではありませんでした。学校にプールがある訳でもなく、近くの海は工場排水で真茶色(今の中国と同じ)、とても泳げる状態ではありませんでした。更にツベルクリン検査では疑陽性とされ、過激な運動は禁止されていました。

その私も社会人となり、世の中も落ち着き海のレジャーも盛んになってきました。仲間から海に誘われましたが、カナヅチではとても付き合うわけにはいきません。情けなく、悔しい思いをしてきました。劣等感に苛まれました。夏が来なければ…と思ったこともありました。

NAPのカナヅチ教室に入ったのは特に海に行きたいためではありません。この年になってもまだ挑戦するものがあると感じたからです。

河村先生のお蔭で、カナヅチの汚名を返上することができ、今は楽しく泳いでいます。これからも健康維持のため続けて行きたいと思っています。

今の子ども達は恵まれています。学校にはプールがあり、NAPもあり泳ぎを教えて貰えます。是非泳ぎを覚え、大人になって悔しい思いはしないでほしい。

ところで、今学校にはプールがあるのは、過去の悲しい悲劇からだとテレビで知りました。昭和30年の宇高連絡船の事故で多くの学童が犠牲になったこともあり、旧文部省がプールの設置を進め、体育教育にも取り入れるようになったからのようです。

先般の韓国セォル号事故の映像でも海に飛び込まない、それは生徒は勿論の事、救助する側も皆カナヅチだからだそうです。社長も韓国に教えに行かれてはいかがですか(笑)。

以上、社長さんのコラムを読んだ年寄りの独り言・・・

 

 

これは、前回のコラムに対して、成人会員の権代一夫さん(77歳)から、アンケートとは別にいただいた手紙です。権代さんは成人対象の初心者水泳教室「かなづち教室」への参加を切っ掛けに、9年間会員としてご利用いただいています。

この手紙をいただいて「泳げる」と言うことが心にもたらすもの、そして、それに関わる事業を行っている私達NAPの役割を改めて考えました。

 

『 泳ぐ』とは、特殊なバランス感覚の発達

泳げる・泳げない等と言いますが、考えてみれば、そもそも最初から泳げる人などいないのです。なぜなら、人間は生まれながらにして重力が働いている陸上で生活をしているため、重力が働いていない水中において、水という抵抗物質の中でスムーズに移動する動作を連続して行うこと…いわゆる「泳ぐ」という動作を行うためには、浮いた状態で手足を動かしながらも水平姿勢を保つための特殊なバランス感覚が必要なのです。その感覚への適応能力はもともと人間には備わっているもので「泳げない」とはそのバランス感覚が「未発達」ということなのです。

その泳ぐというバランス感覚を「発達」させるためには、やはり水中に身を置き「泳ぐという動作」を繰り返すしかありません。つまり、泳ごうとすることで、年齢に関係なくその感覚は必ず発達していくのです。逆に重力の働いている陸上ではその感覚は絶対に発達しません。従って「泳ぎ」とは「やればできる」けれども「やらなければ絶対にできない」ものです。

 

泳げるかどうかは環境の問題

その視点からすると、水泳を習っていないのに泳げる人は沢山いますが、その人には必ず「泳げるようになる環境」があったのです。

私自身のことを言えば、スイミングなど山口県には存在しない時代、小学校の時には競泳の四泳法を下手 クソながらも泳げていました。それは、山口高校水泳部の監督だった父親の影響で、幼児期から水泳部の練習について行き、足の届かない高校のプールで何度も溺れながら!?一所懸命、部員の皆さんの真似をしようとしていたようです。その繰り返しの中で泳げるようになったのです。

このことから、習ってもないのに泳げるようになったのは、私に泳ぎのセンスがあったのではなく、たまたまそのような環境があっただけのことです。なので、泳げるかどうかは本人の持って生まれた能力の問題ではなく「泳げるようになる環境」があったかどうかだけのことです。

 

夏が来なければ…という苦悩!

そのような視点から、権代さんの育ってこられた時代は戦争、敗戦、復興、高度成長という激動の時代で、ご本人も書かれている通り、プールなど一般庶民には縁遠く、学校も水泳どころではなかったため、泳げるようになる環境がなかったのです。

たったそれだけだったのに、時代の変化から泳げることが問われる場面に遭遇し、泳げないことで劣等感に苛まれることに。言い換えるなら、泳げないということはご自身には何の責任もないのに、大人になってその責任を問われることとなった・・・それが、どれだけの苦悩だったか「夏が来なければ…」という言葉の奥にある心に思いを寄せることで自分のことのように感じます。

 

悔しい思いをしないで欲しい!

しかし、さすがその激動の時代を生き抜いてこられた方。「この年になっても挑戦するものがある!」と、その劣等の心を跳ね返し、68歳にして泳ぎにチャレンジ。今では、競泳四泳法すべての泳ぎをマスターされています。そのきっかけがNAPのかなづち教室であったことは大変嬉しいことですが、権代さんのそのチャレンジ精神があったからこその成果です。私たちはその応援をしたに過ぎません。

今回このお手紙をいただき「生きる力」を深く感じ、権代さんのチャレンジの心と「大人になって悔しい思いはしないでほしい」との子ども達へのメッセージを多くの人に伝えたいという私の身勝手な願望ではありますが、ご本人の了解を得て掲載させていただきました。権代さんにはこの場をお借りし改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

自信をもった楽しい人生を!

最近、泳げる環境が整っているのに、泳げない子ども達が増えていることの背景には「無理をしてまで泳げる必要はない」と思われている保護者の方が多くなっているように感じます。ですが、水泳はできる・できないが明確に分れるため、お手紙にある通り、「できない」という「劣等の心」を一生持ち続けることになるのです。そして「泳げる」ことを問われる場面に出くわすことも高い確率で考えられます。ですが、たとえそのような場面がなくとも、自信を持って「泳げます!」と言える心があること、言い換えるなら、この自己肯定の心が厳しい社会情勢である今日の「生きる力」に繋がると私は考えています。

私達NAPは全世代の皆様に「泳ぐ」ことを通じて「生きていることを楽しんでいただきたい!」と願い、事業を行っています。今年4月から山口市小郡屋内プールの指定管理者となったのもその想いを広げることが第一の目的です。そして、今後更に多くの皆様に広げるため、NAP本体の施設全面リニューアルを考えています。現時点での構想は施設規模にして現在の約2.5倍、投資額約5億円と規模が大きく、資金調達の面で現在のところ「全くの夢物語」です。しかし、私達も「できない」を跳ね除け、夢物語を現実にするチャレンジを続けていきます!今回、この心を権代さんからいただきました。

それでは、2016年が皆様と共に「できる」という肯定の心が広がる年となりますよう願いまして、2015年の御礼とさせていただきます。これからもスポーツクラブNAPをよろしくお願い致します。

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