ありのままを受け入れることの大切さ(中村社長のコラム)

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「A大とB大おとうさんはどう思う?」・・・

今年大学受験を迎えたる次男が私に問いかけてきました。妻も三男も寝た後、次男と二人だったときのことです。
「おとうさんの頃だったら偏差値の高いA大がいいと言われていたけど、今の時代は大学で将来がきまるものじゃぁない。在学中に得られる情報やルート、個人的なネットワークをどれだけ築けるかがポイントだと思う。そう考えると規模の大きいB大の方が情報量が多くて有利じゃぁないかな?」こんな答えを返したのですが、次男は多少の質問はしてきたものの終始「ふぅ~ん」と言うだけで、会話は終了しました。
子どもが進路について父親に相談する・・・普通の家庭ならごく当たり前のシーンなのでしょうが、我が家、特に私と次男との関係において大変珍しい光景なのです。

我が家のムードメーカー!

次男と言えば「我が家のムードメーカー」。次男はそのキャッチフレーズ通り、幼児期から行動が独特で面白く、何故か次男がいると家庭の空気が和むのです。また、赤ん坊の頃は私のその頃にそっくりで、体型(太ってはいませんが)や歩き方もよく似ていて、私のDNAを強く感じます。まぁ、早い話が私に似て行動がワンテンポもツーテンポも遅いので険悪なムードになった時に良い意味で水を差すところがあるのでしょう!そう言えば昔の話ですが、些細なことから子どの達の前で妻と口論になった時、しばらく経って「どうしたン?けんかしよるン?」という次男の一言で、その場が収まったことを思い出します(笑)そんな、我が家の雰囲気づくりに大きく貢献している次男ですが、幼少期からの私の接し方、つまり次男に対する父親としての関わりにより、ある時を堺に、私から話しかけても一方通行で、用事があってもすべて妻を経由してのことで、次男が私に直接的に話してくることは殆どなくなったのです。

父親の子育て参加

今では「イクメン」という言葉もあるように、お父さんの子育てが当たり前となっていますが、次男が生まれた頃はちょうど「父親の子育て参加」という言葉がメジャーになりつつあった時代でした。私も仕事柄、先駆者となるべく子育てに対する意識は高くもっていたつもりで、父親として子育てをしなければ・・・父親とは威厳をもった厳しい存在だ・・・などの思いと、私に似ている次男がどうしても気になって、結構厳しく躾けたものでした。思い起こせば親という権力のもと、まぁひどいことをしたものでした!そんなことが次男にとって心の抑圧となっていたことなど思いもせず、家庭教育・父親の子育てという大儀名文のもと熱い思いで「良かれ」と思っていたのです。

その抑圧の反動が出てきたのが小学校4年生の3学期でした。幼稚園は3年間皆勤賞、小学校も殆ど休むことがなかった次男が突然学校へ行かなくなったのです。そして嫌がることはあっても「反抗」と呼べる行動は殆ど取らなかった次男が、それを堺に、私の言うことなど殆ど聞かなくなり、話しかけても無視するようになりました。小学校4年生つまり10才とは心の発達段階からすると理屈や社会的評価・ルールなどが、自分の物差しに置き換わる年齢で、大きく心が変わるときです。それまで、やらされてきたことに「なぜ?」という問いかけが生じ、納得いく答えがなければ行動できないのです。素直に言うことを聞いてきた子が聞かなくなるため周囲、特に親からみると「反抗」という行動に見えてしまうのですが、本人としてはただ納得できる答えを求めているだけなのです。次男はそれまで言うことを聞いてきた分この「なぜ?」が強く表れてきたのでしょう。特に厳しく接してきた私に対しては。

樋口氏の子育て論・・・受容力

普通なら・・・いやそれまでの私でしたらそんな次男に対して更に高圧的・暴力的に向かい、恐らく引きずってでも学校へ連れて行ったでしょう。しかし、ちょうどその頃「子育てヒントのお話会」でおなじみの樋口邦彦氏から心理的発達段階論を学んでいた最中で、不登校や引きこもり、そして、子どもを取り巻く不幸な事件について考えが深まった時でもありました。それにより、私が次男に対して良かれと思ってしてきたことが、次男の心を抑圧し続けていたこと、また、幼児期に手の掛からなかった次男は、「意志」の獲得が十分でなかったため、一連の行動はその取戻しではないかと考えるようになり、そのような考えに立ってからは、私の言うことなど全く聞かない次男を肯定的に受入れるようになりました。逆に言えば受入れのスタンスに立ったから次男はそのような行動をとるようになったのかもしれません。

「受け入れの心」などと言うと少々格好いい表現ですが、簡単に言えば「何をしようと俺の子どもだ!」と思っていただけです。その後しばらくは不登校が続きましたが、6年生の2学期からは何を思ったか登校するようになり、その後中学・高校と休まず通い、部活や友達との関係を楽しんでいるようです。以前のままの私だったら次男はどうなっていたか・・・ちょっと怖い気がします。
樋口氏の著書である「やさしいお母さんになれる子育てのヒント(雲母書房)」の「やさしいお母さん」とは受容力の意味であり、豊かになり、生き方が多様化した今の時代、この周囲の「受容力」が子どもの心の成長にとって本当に必要であることを学んだような気がします。

意志の尊重とは願いをぶつけること

とは言え、今でも私の言うことなど殆ど聞きませんし、相談をしたり直接的に話をしてくることはありません。ですが、どんな行動をとろうとも受止め続けたつもりです。但し、間違えていただきなくないことは、決して腫れ物をさわるように接したのではないことです。一方通行であっても言いたいことは言ってきましたし、して欲しいことは要求してきました。それに対して次男がどんな答えを出すかを次男にゆだね、そしてどんな答えをだそうとも親として覚悟を決めていただけでした。

「推薦入試の志望校届け、B大と書いて持って行ったよ」次の日の朝、妻が私に報告してきました。どうやらその日が推薦入試の締め切り日だったようです。相変わらず私には全く知らされていませんでしたが、どちらにするか前日まで迷っていたようです。私の意見により決めたかどうかは分りませんが・・・まぁ、多少は父親として認めてもらえたのかも知れませんね。
ということで、久しぶりの「親バカ日誌」でした。悪しからず

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